Tuesday, May 7, 2013

(Japanese only posting) メダルの送り方


今回も自分の言葉で語るブログ。

メダルの寄付について、質問を受けることがあります。

メダルですが、ハーフマラソン以上の距離の完走メダルを集めております。
具体的には、ハーフマラソン、フルマラソン、アイアンマンハーフ、
アイアンマン、ウルトラの距離になるでしょうか。
リボンはこちらで付け替えるので、リボンを外して送っていただければ
ありがたいです。お友達の分もご一緒に送って頂くことは、もちろん大歓迎です。

私もこの活動は、アメリカのランニングの雑誌で見て、知りました。
自分で送るうちに、それなら、友達の分も集めて一緒に送ろう、
それなら、他にも声かけしよう、として広がり始めました。
私は在米で、フィラデルフィア在住なのですけど、
フィラデルフィア近郊で集めたものは、フィラデルフィア子供病院に
直接持って行きます。日本で集めたものは、その都度その都度、
必要とされるところに小包を送ります。

ちょうどこの週末に、デトロイトである子供病院の大きなイベントに
メダルを50個寄付したところです。これはNYや界隈の走友たちが
私に手渡してくれたものです。

先日のブログに書きましたが、ボストンマラソンの時には、
友人がやはり50個近くのメダルを日本から持って来てくれたのですけど、
たまたまボストンマラソンで爆発テロがあり、すぐにそれは、
ボストン支部に送られて、救助活動された方に送られました。

私もボストンマラソンは完走しました。
そして、完走メダルをもらいました。

そして、私の今回のボストンマラソンのメダルは、すぐに寄付しました。
テロのせいで、マラソンが4時間少しで中止になり、完走が出来なかった人が
たくさんいたのです。
それで、フェースブックで呼びかけて、ある女性とつながりました。
彼女は、脳のガンの克服者で、若いお母さんで、そして、
初めてのボストンマラソンでゴール直前に中断されたのでした。
そして、実際にはフィニッシュラインに到達しなかった彼女に
私のメダルは送られました。

私にとったら、9回目のボストンマラソンで
そんなに愛着のないメダルだったので、完走できなかった誰かが必要とするならば、
という思いで手放したのですけど、
彼女は本当の本当に喜んでくれて、私も嬉しかったです。

メダル集めをしていると「人のメダルなんかもらって喜ぶの?」
という声を聞くんですけど、説明できないんですけど、
実際にすごくたくさんの人が喜んで下さっているので、
理屈っぽく考えなくても、喜んで頂いていることには間違いないです。

または、私たちを通したら、必ず一個一個、喜んで下さる人に
届くということは言えると思います。

私のメダルを受け取った女性は、実際には完走ではありませんでした。
けど、子育ての関係や、様々なことで、今回のボストンは一生のうちで
最初で最後のものになるだろうという思いで出走なさったそうです。
なので、テロで中断され、幻の完走だったのですけど、
私のメダルを受け取ることで、幻の完走が、自分の中では
完走したも同じ価値、だという誇りが持てたということです。

私も今回、自分のボストンマラソンの完走メダルを直接この方に渡せて、
改めて、メダルの力を感じました。

だから、繰り返しになりますが「人のメダルをもらって喜ぶのだろうか」という
疑問は、感じなくていいのです。
喜んで下さる方がいてくださるので、私たちドナーが
その意味がよく分からなくても
私たちが走ってゲットしたメダルに色々な思いと価値を見いだして
本当に喜んで、意味づけをしてくださる方々がいるのは現実なのです。

さて、メダルの送り先になりますが、以下の住所になります。

〒540-0003 
大阪市中央区森之宮中央1-16-11 SPORTSAID内 
M4Mメダル集め
電話:06-4792-0009 / FAX:06-4792-0009 

私は、6月に関西に帰省します。
その時に、頂いているメダルを整理して、
アメリカの方に送ろうと思っています。
実際には日本の病院で受け入れ先を探してはいるんですが、
例の「こんなものをもらって喜ぶのか?」などのような議論や壁があり、
受け入れ先が見つかっていない状態です。

でも、アメリカでなら間違いなく喜んでもらえるので、
まあ、これからもしばらくアメリカに送ることになりそうです。

なので、ぜひ今後もよろしくお願いいたします。
読んで下さってありがとうございます。

Friday, May 3, 2013

(Japanese only posting) メダル集めとボストンマラソン


期間が空いてしまいました。大変申し訳ありません。
大阪ウルトラ100km/70kmでも、
たくさんのメダルが集まったことを伺い、非常に嬉しく思います。
ありがとうございます!
私は在米なのですけど、6月に帰省してメダルを整理するのが楽しみです。

いつもは、アメリカでのM4Mでの活動を翻訳して
ご報告するという形でブログを進めているのですけど、
これから数回は少し、自分の言葉で書こうと思っています。

ちょっと自分の言葉で書こうと思っているきっかけは、
ボストンマラソンのテロ爆発です。
日本でもニュースになっていましたが、私はあの日、
9年連続のボストンマラソンのフィニッシュでした。
ゴールして20分後、そして、1ブロック先で爆発が起こりました。
私は荷物の受け取り場所にいて、体調を崩してうずくまっている女性を
介抱していました。
彼女に声を掛けながら、ゴールに向かって立っていて、ものすごい爆音が響き(バーーーーーンと長かった)
地響きのようなバイブレーションを感じ、何もないところから煙が、
立体的に上がるのを見ました。
周りはパニックにもならず、ただ唖然と「oh my god....」と言うのみでした。
二度目の爆発は私は聞いていません。
というのは、女性に「何があったの?」と話しかけられて即答で
「爆弾だ」と答えてる最中だったからのようです。

私はすぐに爆弾だと思いました。

その後、迎えに来てくれていた地元の友人と合流し、彼はツィッターで
即座に色々な情報を集め始めました。
知り合いを通じてTV東京からインタビューが来て、長い間つかまりました。

マラソンの楽しさ、興奮、それから一転してテロ事件。
忘れられない一日を経験しました。

あれからもう3週間以上経ち、少し落ちつきましたが、
当初は混乱しました。イスラエルの友達に言わせたら
「こんなのイスラエルでは日常茶飯事」
ということですが、でも、やっぱり自分が実際にテロのターゲットになり、
爆発を見て、そして自分たちランナーと一体化してマラソン観戦を
してくれている応援の方々が犠牲になり、本当に落ちつきませんでした。

そんな中、メダル集めがすぐに動いたことがあります。

まず依頼があって、爆発の後にすぐに被害者を助けてくれた
現場のスタッフなどにメダルを送って模しいということでした。
私たち自身も混乱していて、取りあえずは今年のボストンの
フィニッシュメダルの寄付をという話でしたが、結局、
医療や救助活動にあたった方の数が甚大だったので、
他のマラソンのメダルでもいいから、メダルを送って欲しいという
要請になりました。そして、たまたま日本の豊中グリーンクラブの有志の方が、
今回、ボストンマラソンに走りに来てくださっていた
金村さんと玉田さんに託して50個余のメダルがお二人の手から
私に預けられていたのです。
すぐに速達小包で、ボストンのM4Mのコーディネーターに
預かっていた50個余のメダルを送り、
それはすでに救助活動に当たられた方の手元に渡ったそうです。


さて、みなさんは、ビル・ロジャースという往年のランナーをご存知ですか。
80年代に瀬古利彦さんとボストンを競り、瀬古さんが結局、

当時の大会記録で優勝したのですが、
ビル・ロジャーズさんご自身もボストンマラソンでは優勝経験があり、

アメリカのランナーで知らない人はいないマラソンランナーです。

そのビル・ロジャーズさんは現在ボストン在住で、

私たちM4Mファミリーの一員なのですけど、
ビル・ロジャーズさんより、私たち日本人の迅速な対応に

直接お礼をいただきました!

そんな感じですので、みなさんのお手元を離れてしまったメダルは

いったいどこで何をしているのかな、と思われる方も
おられることと思いますが、
実際に、たくさんの方々にきちんと渡されています。

読んで下さってありがとうございました。